2013年1月26日土曜日

ガレージセール 考え中

ブレデターいちご。き、きもい...

前回からの続きです。 撮影スタイルが変わったということをお伝えしたと思いますが、具体 的に何がどう変わったのか、それについて少々。

大きく分けると4段階のステップで現場の変革がありました。

いまとなっては昔話ですが、 まずフィルムというアナログからデジタルへの変化。写っているのが 当たり前になった大きな変化でした。これもイロイロありました。い までもそうですが、撮影データは、伝言ゲームのようにハンドシェイ クで他人の手に渡っていきます。カメラマンの撮影データが直接印刷 されることはまずありません。そのハンドシェイク(バケツリレーに 近い)のなか、何か予期せぬことが起きると、最初の発信者であるカ メラマンの意図は、大きく変わることになってしまいます。実際、よ く事故が起きていました。怖いですな。

昔話は知らない方もおられると思いますのでこれぐらいにしておきま す。次に、プロ用デジタルカメラからコンシューマへという変化。 ちょうどこのあたりで現場に関わるようになったカメラマンとその卵 の方、多いと思います。プロ用デジタルカメラは過去のものと思って いる層とも言えます。

その次の変化が過去最大ではないでしょうか。コンシューマデジタル カメラでも、ハイエンドではなくエントリーやミドルクラスを常用、 あわせて照明機材の変化がありました。プロというカテゴリをもっと もたる存在にしているといっても過言ではないと思います。それが照 明。目に見える技術的なことで、アマチュアの方々との決定的な差と もいえます。撮影するに充分な「明かり」が必要なのか、撮影するに は充分な明かりの「かたち」が必要なのか、カメラマンからみた照明 への要求が変化したタイミングです。

最後に、予想通りモバイル端末が高解像度化し、ウエブコンテンツに 200ppiオーバーのデータを要求されることになりました。 スムースなコンテンツのズーミングには、紙媒体クラスの解像度が必 要になります。 ディスクの単価は落ち続け、個人アーカイブも現実的になりました。 より高解像度で残しておきたいというアマチュアや、制作プロセスの 短縮化に伴う汎用性の高いデータの要求、プロ用デジタルカメラの大 幅な性能向上と、それを支えるPC性能など、めまぐるしく包括的に変 化したタイミングでした。このあたりで写すことは考えることである という精神構造に嫌悪感をもつ層が外れていき、後に大きい壁を遺すことになりました。

機材はより小型で高額になり、撮影の時間も半分になり、単価も半分になりました...

何がどう写っているのか、よりよく早くを要求され、カミソリのように鋭いフットワークで技を見せるカメラマン。そこに物量という大きく鈍い一撃が加わると、簡単に折れてしまいます。重い一撃の振りかぶりは、スキだらけでモーションも長い。撮影も鋭いひとつきから、なたの一撃まで両極を使い分けるときが来ています。いつも、これからも、いままで通りにはいかないのです。これが技術職の宿命でしょう。

ガレージセール

今日は、プロ用撮影機材をメインに取り扱う、某有名店に行ってきました。

というか、まだ購入していません。

アッポーのような、整理券を配布する形式をとっており、いろんな意味で負担を減らそうという最近流行りのやつです。

8時に整理券、11時開店ということで、7時半ぐらいに到着。

...8番目でした。
す...すでに7人も自分より早くに来場された方がいらっしゃったようです。

これは目玉商品にありつけないっ!
と、カリガツなテンションのなか、いまいちど何を買ったらよいのか分析しました。

作戦をたてないとオロオロするばかりで、商品が無くなってしまうのでは?!

整理券授与前(おおげさ)は、あれこれと妄想特急がノンストップで脳内を駆け巡りましたが、よくよく考えると、本当にそれが必要なのかと。安いという煽りで、踊らされていないかと。

本当にいまそれが必要なのであれば、すでに購入しているのではないでしょうか。

まあ、そもそもの値段が高いので、買わないではなく、買えないということで、思考停止にしていたところもあります。

しかし、いま本当にその道具がなくて困っているのか。なんか違うのではないかと。

さらに考えると、私の前に7人もいたことで、悪い結果があるかもしれないと脳が先回りして守りに入り、買わない理由を私に発信しているのか、と。

このような思考の経緯には、撮影スタイルの変革がありました。それはまた次回に。

2013年1月19日土曜日

6Dのアップデート、まだぁ?

集中して実戦投入しています。
Shuttersnitchが各社(といってもNとC)のプロトコルに対応したことで、6Dにもリアルタイムブラウズが可能になったことは以前に書きました。ボディ側でのアップロードに対応さえすれば、もっとユーザビリティーがあがると思います。

いまのところ、すべてが不確かなものしか選択できないということが大きい欠点とお伝えしてきました。ただてさえ不利な5GHzなしという旧世代仕様なので、FTPぐらいなんとかして欲しいと。次のファームアップで追加されるのではないかと、期待しています。

どうにもはずせない現場の場合、1DXと1DsMk3を持ち出すことになるのですが、WiFiのために1DXを使っていることそのことが許せないです...新ファーム、まだかな~

2013年1月17日木曜日

んで結局なにを買えばよいの?

撮影やカメラ・レンズのことで質問をうけたときの話であります。

何故か決まって、

なんか上手く写らないのだけど、このカメラではダメなのかな?

こんな調子であります。

よく観察すると、ここに大きなヒントがありました。

まず、写すのは自身であってカメラではないこと。
そして、お使いのカメラは、どれも素晴らしいものであるということ。

どうも、デジタルカメラというものは、写してくれるものであって、所有者はそれを手で固定しているだけという意識が高いように見えます。脳波まで考慮して、勝手に写してくれるまで納得しないのかなと不安になりました。撮影者までも料金に含まれている訳ではありません。

自動トリミング機能は実現されました。ピント位置も撮影後に可変可能なものまで発売されました。明るさも何もかもが、撮影後に変動できる状況は揃ってしまったのです。

なんとなく被写体らしきものに何かを向けただけで、どんな絵柄も撮影後に実現可能になったその時に、これがカメラというものなのだよ、と納得するのであれば、その時には自動車は目的地までハンドルを握らず、状況を判断して文章まで自動で生成、グラフィックデザインまでもが適切な自動配置を用意していることになっているでしょう。行き着く先は、そのシステムを構築するエンジニアのみが存在することになっていくのではと想像しました。

そう遠くない将来には、我々のスキルは過去のものとなると思っています。見せるから魅せるへと代わっていきました。魅せるからはどのようなものへと変化していくのでしょうか。

2013年1月1日火曜日

プロ用のデジタルカメラ

いつからか、プロ用のデジタルカメラと言われる枠が拡大され、コンシューマーのハイエンドをプロ用と呼ぶひとが増えてきたような気がします。

これは、プロでもケースバイケースでコンシューマー機を使用する現場が増えてきたこと、カタログスペックがコンシューマー機に劣ること、なにぶん高価すぎること、カメラを紹介するライターさんが、プロ用を知らないということ等の理由から、コンシューマーフラッグシップまでプロ用と呼ばれ始まってきました。

そのコンシューマーフラッグシップと、プロ用の違い等をお伝えしてみたいと思います。

上記の理由から逆説的に説明すると、
ケースバイケースで利用するシーンですが、
機動力が要求される内容ということが多くなってきました。大きく重いカメラを三脚にのせてジンワリと撮影することばかりではなくなってきた現場の変化があります。

カタログスペックより劣ることは、エンドユーザーから見るとコスパの悪い骨董品に見えるのではないかと思います。まず画素数が少ない。数百万円もするカメラなのに、同等以下の画素数では騙されているような感覚なのでしょうか。そして高感度の再現性では、コンシューマーの二世代前ともいえる画質です。

価格は600万円から150万円ぐらいでラインナップされています。車一台買える値段に、ますます趣味性の高い骨董品という印章を高めています。

販路が特殊ということ、高価すぎることで、さらなるニッチな販売ということに繋がり、量販店ではまず見かけないことで、テクニカルではないことを本業としているライターの方は存在すら知らないということになっているようです。

現場でポカーンとカメラを眺めているスタッフは、まず初めて見たこれはナニ?という気持ちと、知りたい!という気持ち、更には知っていない自分が許せないという勤勉な方なのでしょうか。

カメラのことをアレコレ聞かれて、説明をしたあとに半笑いで納得される場合が多いです。奇特な趣味だと。ある意味あたってはいますが...

カメラの性能を、画素数と高感度、連写速度でみるコンシューマー層、色再現性とダイナミックレンジ、被写界深度で見るプロ、ここからまた逆説的に考察するに、とても面白いことがわかりました。同時に戒めにもなりましたが...

同じ「記録」という行為の中で、アマチュアの求めるファクターは総括すると「写す」ということに集中しています。
一方、プロはそれをどうやって「再現」するかという執着を感じました。

当たり前のことなのですが、写すという行為は可能であって、どういったかたちで残すのかを自分に問うこと、それがプロフェッショナルなのだと思いました。
アマチュアはどうやって記録するのか、それが課題なのだとも思いました。

したがって、記録に執着するような技術力を要求された時点で、プロ失格なのだと。アマチュアの写す執着に負けたら、プロの資格はないのだと。

やはり今年も、初心忘れるべからず、日々精進あるのみ、そう戒めつつプロ用カメラの長期ローンを払っていきたいと思います(涙)