2014年8月30日土曜日

645zにみる画素ピッチ

なんとなく感動の薄い645zへの理由が、見えてきたような気がします。

135フルサイズで6Mという、kodakの760、14Mの14n、40mm角のProBack(ここまでローパスレス)、1Ds3、1DXと使用してきたカメラすべの画素ピッチがある程度確保されていたことに気がついたのです。

50Mとはいえ、最下層(涙)の4433ですので、135換算で32M程度の画素ピッチとなります。ローパスレスなので多少の水増しはあるにせよ、ピクセルあたりのコシの強さは1DXにおよびません。

1DXもシャッター交換を2回しています。
大袈裟かもしれませんが、五感すべてが約7μmの画素ピッチに馴染んでしまっていて、これより小さい画素では何かしっくりこないのです。D7100もそう、α6000も、7Dも、プライベート用に買ったすべてのボディがそうでした。

おそらく、D810にもそんな気持ちになることも予想できます。α7Sが良さそうなのですが、いかんせん画素数が少なすぎな気もします。

ひとつ、画素ピッチのようなネガティブ要素ではなく、645zはさすが!と思わせてくれたことがあります。

それは像の均質性です。

135の大口径では像高が下がると比例して解像度が下がります。
中判で135大口径と同じような深度を得ようとした場合、中口径で同一ですので、設計に無理がないということもあるのでしょうが、フランジバックが長いのでテレセンが確保されています。それが理由なのかどうかはわかりませんが、落ち込みがとても少ないと感じました。言い換えると、中央部の解像感が広いと思います。4:3フォーマットとあいまって、すこぶる安定感のある記録となります。これは中判ならではと感じます。

逆にそんなこともあることで、画素ピッチが余計に気になるということもありますが...

トータルでみると圧倒的描写と言えることに疑問はないのですが、毎回50Mが必要ではないということで、いろいろと思うこともあります。


2014年8月19日火曜日

645z 実戦投入 3

メインの1DXと比較すると、約3倍のピクセルであるのに、感動がとても薄いです。

...なんだろう。
画質に関しては、特に欠点は見当たらないので、出力の問題なのでしょうか。
1/4に縮小しても12.5Mありますから、ローパスレスも手伝って、その切れ味を堪能しようと夢膨らんでいたのですが...

トリミング耐性を保険としても、その安心感を実感することは少なく、これでは無理して導入したことが何だったのだろうかと疑問を感じてきました。

はやまったか?D810にしておけば?といった邪念がそうさせるのか、いや別にそれは関係ないかな...この50Mへの夢は何処へ行ってしまったのでしょうか...

私が最初に手にしたデジタルカメラはは、1.5Mで150万円。20年前です。

あれから増えるピクセルに胸踊らせながら、モニタに没入していました。

しばらく時が過ぎ、ピクセルの増減を経て、1DsMk3から18Mの1DXが相棒となりました。30万ショットは超えています。様々な修羅場をくぐりぬけ、絶大なる信頼と同時に、奴の限界も知っています。

そんなこんなで、唯一の物足りなさ、その今となっては少ないピクセルを補う、自分の夢のピースを求めて、645zを迎えました。

それなのに、これなのに、どう拡大してみようが、「こんなものか」と。

いま思うことは、古女房の1DXと一緒に歩んできたここしばらくの1D系との営みで、画質の感動から絵の構成に全俺が埋没してしまったのだと感じました。
三度の飯よりカメラが好きなこの私が、高感度にも強いローパスレス50Mという好物、は猫のマタタビ。
と思っていた自分は、とうの昔にいなくなっていたのですね。これを成長というのか、無関心というのか、加齢というのかは謎ですが、高い勉強代だったのでしょうか。