なんとなく感動の薄い645zへの理由が、見えてきたような気がします。
135フルサイズで6Mという、kodakの760、14Mの14n、40mm角のProBack(ここまでローパスレス)、1Ds3、1DXと使用してきたカメラすべの画素ピッチがある程度確保されていたことに気がついたのです。
50Mとはいえ、最下層(涙)の4433ですので、135換算で32M程度の画素ピッチとなります。ローパスレスなので多少の水増しはあるにせよ、ピクセルあたりのコシの強さは1DXにおよびません。
1DXもシャッター交換を2回しています。
大袈裟かもしれませんが、五感すべてが約7μmの画素ピッチに馴染んでしまっていて、これより小さい画素では何かしっくりこないのです。D7100もそう、α6000も、7Dも、プライベート用に買ったすべてのボディがそうでした。
おそらく、D810にもそんな気持ちになることも予想できます。α7Sが良さそうなのですが、いかんせん画素数が少なすぎな気もします。
ひとつ、画素ピッチのようなネガティブ要素ではなく、645zはさすが!と思わせてくれたことがあります。
それは像の均質性です。
135の大口径では像高が下がると比例して解像度が下がります。
中判で135大口径と同じような深度を得ようとした場合、中口径で同一ですので、設計に無理がないということもあるのでしょうが、フランジバックが長いのでテレセンが確保されています。それが理由なのかどうかはわかりませんが、落ち込みがとても少ないと感じました。言い換えると、中央部の解像感が広いと思います。4:3フォーマットとあいまって、すこぶる安定感のある記録となります。これは中判ならではと感じます。
逆にそんなこともあることで、画素ピッチが余計に気になるということもありますが...
トータルでみると圧倒的描写と言えることに疑問はないのですが、毎回50Mが必要ではないということで、いろいろと思うこともあります。